• 活動名の決め方とネーミングセンス

    Coreの購読時に、簡単なアンケートを実施している。その中で、扱ってほしいテーマも募集していて、今回はその中からお送りします。ネーミングについてこのような問いを頂いた。

    個人が情報発信をする場合の「ネーミング」に関する記事を読んでみたいです。自分の活動の核となるサイトを準備中なのですが、本名とペンネームのどちらで活動するか悩んでいます。私の気持ちとしてはシンプルに本名で活動したいのですが(指名検索されたときに検索結果を独占できる見込み)、覚えやすいペンネームを付ける利点も捨てがたく、決めかねています。

    まず最初に、過去にネーミングについての文章を書いているので、こちらを参照してほしい。

    「個人ブランドの作り方」
    「効果的なYouTubeチャンネル名のつけ方」

    ここにある程度の答えは出ているが、今回はもう少し、質問の内容にそって考えてみたい。

    活動名を何にするかは、発信をしようと思った人が必ず最初に当たる問題だ。なぜなら、どのプラットフォームを使うにも、最初にアカウント登録をしなければならないから。人ははじめてそこで、自分の「名前」について考えることになる。

    そして、残念なことに、多くの人が間違ったネーミングをしてしまっている。読みにくい、読めない、記号的、絵文字だけ。そのようなものは発信を行ううえでは致命的で、今はスパムアカウントに見えてしまう。

    そう言いながら、Tokimaru Tanakaはどうかと言われると、これも記号的で、読みにくい、わかりにくい。ローマ字だからまずどこの国の人かわからないし、そもそも名前なのかブランドなのかわからない。Tokimaruという名前なのか苗字なのか耳慣れない単語が先にきて、その後に普遍的だが、自分がもし女性で結婚するとしたらこんなに単純で多そうな苗字の男性は正直嫌だなと思うくらいに、圧倒的「Tanaka」が迫ってくる。Tanakaというのはどんなにローマ字で格好つけても、所詮田中でしかない。(全国の田中には失礼だが)

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  • 発信の永続性はドメインに宿る

    今週ついに、Substackの有料購読を終了した。

    これを機に、発信をミニマルにすることと収益の関係性、発信の全体構造、そして今後の計画について少し考えてみたい。

    まずSubstackの有料版を終了したのは、その中で配信していたPodcastを、僕が独自で構築しているCoreという本拠地に統合したためだ。CoreにPodcastを統合することは、実は今年の4月ごろに行っていたのだが、有料購読者が結構いたので、移行期間をきちんと取るために意図的に先延ばしにしていた。

    結果的に、僕の発信はものすごくシンプルになった。

    Tokimaru Tanakaの有料購読はCoreのみ。というかたちをようやく作ることができたのだ。

    なので、今後ますますCoreは強くなるし、みんなでこの未来型メンタルコミュニティ(呼び名決まってない)を育てていきたいので、気になっていた方はぜひこのタイミングでの参加をお待ちしています。

    未来型と言ったのは、このCoreがまだ自分でもはっきりと定義できていないためだ。そして定義できないことこそが、Coreの価値だと思っている。それは常に成長途中で、生成変化し続けるもの。

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  • ソロプレナーに必要なスキル

    ソロプレナーという言葉はエンジニア文脈に寄るので、ここではもっと柔らかく、一人ビジネスくらいに捉え直す。

    僕はプログラミングスキルを持たないソロプレナーである。ウェブサイトを作っているのでHTMLとPHPとJavaの基本はわかる。Pythonも学習した。しかしそれらは仕事として使えるレベルでは到底ない。

    そう、自分にはスキルと呼べるスキルがない。履歴書に書けそうなのは

    ・普通運転免許
    ・RYT200(全米ヨガアライアンス)
    ・防火防災管理者研修終了

    くらいのもので、まずどの会社にも受かりそうにないことがわかる。いや、実際、下二つは書けないだろう。国家資格でもなんでもない。そうなると、僕がオフィシャルに持つ技能は「普通運転免許」だけということになる。これは自分でも笑える。よくこれまで会社員として雇ってもらえていたなと思う。有名大学でもなく、地方の普通の大学を一応卒業した。学士止まりで、修士号や博士号など持っていない。

    それでも今はなんとか毎月100万以上の収入を得ながら一人で生活できている。キャリアの大半は写真を撮ってきたので、強いて言えばキラースキルは写真ということになるのかもしれないが、最近は全然撮っていない。大学で写真を専攻していたわけでもないので、社会的に公式な専門とは呼べない。写真家は名乗れば誰でもなれるから。

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  • Signal完全入門

    メッセージングアプリをLINEからSignalに乗り換えて、一週間ほど経とうとしているので、今日はその使い方を移行方法をまとめてみる。またSignal自体についての深掘りも行う。

    LINEをやめようと思った理由は単純で、アプリUXが最悪だから。アプリを開いて立ち上がる一番左のタブであるHomeには、Service、Friend Lists、Newsが並ぶ。熊が出てきて「tap to see your friend list in chats.」と意味のないものまで表示されている。言葉を選ばず言えば、Xのタイムラインよりも、見た目は汚い。その右隣にChatsタブがあるが、一番上には広告。さらにトップにはChatsとFriendsというタブが二つあり、その隣に4つのアイコンが並ぶ。VoomタブはまるでTikTokでいきなり音付きの動画が流れてくる。ハローキティーのステッカーがもらえるキャンペーン。当然フォローしていない人の投稿が流れる。Newsタブは非表示にしていて代わりにCallsタブにしている。ここには過去の電話履歴が並ぶ。一番右のAppsは、もう言葉で説明できないほど要素が多い。

    現在のLINEのUXは、行動を阻害する。テキストのやりとりを行う度に、意識が他の刺激にもっていかれ、脳のメモリを消費する。LINEでのやりとりが多くなればなるほど、一日が終わった時には、どっと疲れている気がする。

    メッセージツールに求めるのは、テキストメッセージと通話だけ。元々はシンプルなアプリだったものが、LINEヤフー株式会社になり、より一層広告による収益化モデルが強化された。ヤフーは広告で収益を上げている会社なのだ。それがあまりにも、今のLINEに滲み出すぎている。広告でしか収益を上げられず最悪のUXになったwebマガジンを、今誰も観なくなったように、このままLINEを使う人も減るだろう。

    少し先の話をすると、ゆくゆくは多くのメッセージアプリは消える。(メッセージアプリ以外も例外なく)AIが進歩し、スマホがAIのためのエッジノードになる頃には、アプリケーションは意味をなさない。生のプログラムとプロトコルだけが走る。おそらく、個人を直接固有のものとして認識するシステムが働き、その固有識別番号のようなものに対して直接コミュニケーションを行える世界が来るだろう。そこで残るのは、テキストと音声(画像)通話だ。

    しかし、今はまだ難しい。世の中に浸透し、あまりにインフラになっており誰も離脱できないので、僕が先陣を切ってこのゲームから降りようと思う。組織から降り、社会からも半分降りて都市で隠遁生活を送っているので、降りることに関しては少し得意なのだ。

    この試みが失敗してもいい。宇宙に取り残された孤独な人工衛星のようになるかもしれない。今は、結構そんな気分を感じている。だがこの何ものにも代え難い平穏と静寂には大きな価値があるとも思っている。結論を言えば、Signalは素晴らしく、快適だ。

    なぜSignalなのか

    移行に際して、最初にこのように比較してみた。

    iMessage: 快適だがApple限定。相手がAndroidだと暗号化も体験も別物のSMS/RCSに落ちるので、汎用の連絡インフラとしては欠陥がある。却下。

    WhatsApp: 暗号化自体はSignalプロトコルで堅牢だが、運営がMetaで、2025年からステータス欄に広告が導入され始めている。「広告のないアプリに逃げたら数年後また広告が来た」というLINEと同じ轍を踏むリスクが構造的に高い。却下。

    Signal: 非営利団体運営で広告を入れるビジネスモデルが存在しない。全メッセージ・通話がデフォルトでE2E暗号化、オープンソース、収集するメタデータも最小限。電話番号だけで始められ、iPhone/Android両対応。自分の要件(広告なし・純粋なメッセージと通話・高セキュリティ)に対する専用設計品となる。

    また、Signalは災害時にも使えるツールとなると思っている。混雑や繋がりにくさは通信インフラのダメージにもよるので、ユーザーの少ないSignalのほうが繋がりやすいとは一概に言えない。だがLINEという一つの巨大なサービスに通信手段を依存しないという意味で、バックアップの手段にもなり得る。

    「広告が入らないこと」が構造的に保証されているのはSignalだけ、というのが決定打となった。

    Signalについてもう少し詳しく掘ってみる。

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  • 会社をつくる意味と構造の話

    今週のJournalは、先日リリースしたデジタルガイド『ソロプレナーの会社設立』の冒頭部分を共有します。


    僕にとって会社とは、所属しないためにつくる組織である。

    会社や団体に入ると、守られる代わりに縛られる。会社をつくることは、守る構造を自分の手で所有すること。ミニマリズムと会社の所有は、矛盾しない。持たないことの本質は物の少なさではなく、他人の構造に依存しないことだから。

    このガイドは、拙著『ミニマリスト・ソロプレナー』の実践編であり、会社をつくる手順にフォーカスしたものである。ひとりで会社を設立し、維持・運用する方法について書く。ビジネスの方法論(何を売り、どう伸ばすか)にはさほど踏み込まない。多くの人が、自分のやりたいことや、今の仕事の延長線上で起業するため、事業内容は人によって異なるからだ。

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  • クリエイターのためのアフィリエイト入門:怪しさの正体と、許可のいらないレバレッジ

    はじめてアフィリエイトの報酬が発生した日のことを、今でもなんとなく覚えている。
    ブログを始めて間もない頃、A8.netという管理画面に「発生報酬」として数百円の数字が表示された。金額としては缶コーヒー数本分だ。でもその数百円は、会社の給料とはまったく違う手触りをしていた。誰かに雇われず、誰の許可も取らず、自分が書いた文章の中のひとつのリンクから、経済がほんの少しだけ動いた。その日は用もないのに、何度も管理画面を開いて眺めていたと思う。

    アフィリエイトという言葉には、いまだに怪しい響きがつきまとう。「楽して稼ぐ」「不労所得」といった広告の記憶や、中身のない比較サイト、押し付けがましい商品リンク。鬱陶しいもの、というイメージが先行している。

    確かにそれは一理ある。そのようなアフィリエイトも今でも実際に存在するし、そのような怪しさによって牽引されてきた時代がある。

    でも僕は、この仕組みの本質はまったく別のところにあると思っている。

    アフィリエイトとは、クリエイターが、好きなものを、好きなように紹介できる仕組みのことだ。ナヴァル・ラヴィカントの言う「許可のいらないレバレッジ(permissionless leverage)」のひとつでもある。企業と契約を結ばなくても、営業をしなくても、上司の承認もクライアントの発注も要らない。今日、自分の意思だけで始められる。

    そして読者やファンの側にも利点がある。信頼している人が実際に使っているものを、探し回らずにそのまま買える。ときには割引や特典もつく。紹介する側と、される側と、商品を作る側。三者がそれぞれ小さく得をする、よくできた循環なのだ。

    だからこの仕組みは、クライアントワークから脱却するための、静かな一手になり得る。自分の商品を持っていなくても、信頼と影響力さえ育てば、それが収益の柱のひとつになる。

    今週はそのアフィリエイトについて、入門として書いてみたい。仕組みと歴史、実際どれくらい稼げるのか、そして2026年2月に日本に上陸したばかりの、YouTubeの新しいアフィリエイトについて。概要欄にリンクを貼る時代が、たぶんそろそろ終わる、という話まで。

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  • ラベルの脱ぎ方 – 逆説的ブランディング

    先日、60年代のストラトキャスターを買った話を書いたら、「ミニマリストなのにギターを買うんですね」という反応があった。YouTubeでもこういうコメントはたくさん来る。僕をミニマリストとして認識してくれている。チャンネル説明欄に実際「Extreme Minimalist」と書いて発信してきたから当然のことで、動画を観てくれているという点で、とてもありがたい話だ。

    おそらく悪意はない。むしろ好意的な驚きなのだと思う。でも、この一言には人間の面白いメカニズムが詰まっている。

    人は他人に対して、勝手に「この人はこういう人」というモデルを作っている。ミニマリスト、旅人、起業家、ヴィーガン、作家。一度モデルができあがると、相手をいちいち観察しなくて済む。予測が立つから、コミュニケーションのコストが下がる。脳にとってはとても効率がいいことだ。

    問題は、その人がモデルから外れた行動をしたときだ。

    周囲は、それにより少し不快になる。なぜなら、相手についての認識を、再度作り直さなければならないからだ。脳はその追加作業を嫌がる。心理学では人間を「認知的倹約家」(コグニティブ・マイザー)と呼ぶことがあるが、エネルギーを使うことは極力やりたくない、というのは人間のかなり根深い仕組みだと思う。(ブラウザやサーバーが一度訪れたページの情報を記憶する、キャッシュにも似ている)

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  • 時間の安売りをやめる

    人は、自分の時間を安く見積もるほど、その時間を、安い用事や仕事で埋めていく。断れない依頼。惰性のやりとり。誰かの都合。気づけば一日は、自分の人生とほとんど関係のないことで埋まっている。夜になって、今日も何かを生きた気がしない、と思う。

    僕たちは、時間が有限であることは知っている。けれど、その有限の時間に、いくらの値札がついているかは、ほとんど考えない。値札を決めないまま差し出すから、買い叩かれる。

    時給を上げることを、僕はずっとお金の話だと思っていた。だが違った。これは、自分の時間をどこに置くか、という話だ。もっと言えば、自分の人生を、何に使うかという話である。

    値段というのは、外的に決まるものだと僕たちは思い込んでいる。市場が、相場が、相手が決める。だから、提示された額に、なんとなく従う。でも本当は、最初の値札をつけるのは、いつも自分自身だ。自分が、自分の時間をいくらのものとして扱うか。その内側の評価が、にじみ出て、まわりの扱いになっていく。だから当然、自分で安く扱えば、安く扱われる。高く構えれば、その重さに、相手はだんだん応えはじめる。もはやお金の話ではなく、生き方の問題なのかもしれない。

    今年に入って、個人向けのコンサルを停止した。法人向けには、現在、基本料を1時間で30万円としている。これは「僕の時給は30万円です」という自慢ではない。

    個人コンサルを始めた頃、最初の時給は12000円だった。そこから25000円、50000円と、段階的に上げていった。応募者が多かったので、それに応える時間がなく、仕方なく値上げしたところがある。ここでは需要と供給の市場原理による調整が働いている。

    値上げのたびに、顧客が減るのを覚悟した。でも実際に減ったのは、件数ではなく、「とりあえず聞いてみよう」という、軽い相談のほうだった。価格が上がるほど、相手は本気で言葉を選んでくる。だから、こちらも本気で返せる。対話の密度そのものが、変わっていった。

    そうやって上げていって、ある時点で、気づいた。これは、単純に、単価を上げれば解決する問題ではないことに。

    問題は、時間そのものの、売り方だった。

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  • 会社を作るということ

    40歳という自分にとっては大台に乗った感じの5月に、会社を設立した。

    近い友人からは「ついに法人化したんだね」と言われたけれど、自分の中ではそれほど劇的な転換点という感覚はなかった。むしろ、ずっと歩いてきた道の延長線上に、自然とそこがあった、という感じに近い。新卒で入社したブラックな広告代理店(今逆に、体育会系で新しいかもしれない)の営業を3ヶ月で辞め、カメラマンのアシスタントを経て独立し、食べていけずに一度会社員に戻り、30代でスタジオ運営やフリーランスを経験した。

    会社員→フリーランス→法人化、という流れを意識したわけではなく、物を減らして、一つひとつの選択を積み重ねていたら、気づけばそこに辿り着いていた。

    宮崎時代に、飲食ビジネスだけでなく、生き方や生き様のようなものを教えてくれた僕の師匠は、30歳にならないくらいで起業し事業をまわしていた。その姿を見て、僕も30までにはそうなりたいと無意識にも強く思っていた。10年遅れてしまったけれど、ようやくスタートラインに立てた思いだ。

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  • など業を極める

    今年新たにしたTwitterのプロフィール欄は、「文筆業、ミニマリストなど。」としている。

    たぶん、きちんと仕事を説明するなら、もう少し別の書き方もある。作家、映像制作者、YouTuber、コンテンツクリエイター、代表取締役、ソロプレナー、ミニマリスト、フォトグラファー。並べようと思えばいくらでも並べられるし、逆にもっと削ろうと思えば、文筆業だけでもいいのかもしれない。

    だが、どうもしっくりこない。

    自分のしていることをひとつの肩書きに閉じ込めようとすると、何か大事なものがこぼれ落ちる感じがある。文章を書いているのは確かだが、文章だけを書いているわけではない。映像を作っているのも確かだが、映像作家という言葉も少し違う。ミニマリストとして見られることも多いが、ミニマリストという肩書きだけで生活をしているわけでもない。

    むしろ、自分の仕事の本体は、そのどれにも完全には収まらない余白にある。

    だから「など」と書いている。

    この感覚は、みうらじゅんさんの「など業」という考え方から影響を受けている。みうらじゅんさんは、漫画家でもあり、イラストレーターでもあり、エッセイストでもあり、仏像を語る人でもあり、音楽をやる人でもあり、何かよくわからないものに名前をつける人でもある。ひとつの肩書きに収まらない。というより、収まらないことそのものが仕事になっている。

    それは単なる多才さではないと思う。

    一見すると、あれもこれもやっている人に見える。だけど、よく見ると、すべてにひとつの視点が通っている。世の中の隅にあるものを見つける。まだ価値がついていないものに、自分なりの名前をつける。誰も本気で見ていなかったものを、本気で見る。その態度が、漫画にも、文章にも、仏像にも、ゆるキャラにも、マイブームにもつながっている。

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