文章

  • 書き方と言語構造 – 何でも結論を先に言えばいいわけではない

    何でも先に結論を言いたがる人が増えているのは、結論を先に求める人が増えているからだと思う。

    結論を先に述べない人に、イライラする人もいる。だからといって思考を停止させ、なんでもかんでもとりあえず先に結論を述べてしまうことは、クリエイティビティを損なうことにもなる。

    と、そんな結論を先に置きながら、書き方と言語構造について考えてみたい。それは根底で、ものづくりに深く関連している。あらゆる創作物、それが文章であっても、彫刻であっても、映像であっても、作り方には順序がある。細部を積み上げて、最終的に全体をかたち作るものもあれば、先に全体を作って細部を整えていくものもある。フォーマットやメディアによっても変わるし、コンセプトや作家によっても変わる。

    先に結論を知りたがる人が増えているのは、忙しくて時間がないとか、ショート動画を中心とした瞬発的なコンテンツ消費が増えたとか、様々な理由が考えられる。ビジネスにおける文章の書き方や、プレゼン資料の作り方、というような効率化や合理化の文脈でも、結論を先に述べることが良しとされる風潮は長らくある。

    これにはまず言語構造が関係していると考える。

    「昨日のパスタが美味しかったのは、麺の硬さでもソースの味付けでもなく、きっと最後に仕上げとしてかけられたペコリーノ・ロマーノチーズのせいだと思う。」

    という文章を英語で表現する時、

    「I think what made yesterday’s pasta so good wasn’t the texture or the sauce, it was definitely that Pecorino Romano they sprinkled on top at the end.」

    という感じになると思うが、英語は、I(主語)のあとに、すぐthink(動詞)がきて、発話の最初のほうで、もう「あ、この人は自分の意見を述べたいのだな」ということがわかる。(S+V+O)話すテーマの着地点が見えてるので、節がどんなに長くても、全体を最初から掴みやすい。

    一方、日本語はS+O+Vという順序になり、「思う」「ではない」という肯定や否定の結論が、一番最後にくる。話し始めの時点では、それが結果的に美味しかったのか、マズかったのか、あるいは推測なのかがわからない。

    この文章例では、特にその差が顕著に出る。

    日本語は、麺やソースではなくという「前置き」がまずきて、チーズのせいで「核心」、がきて、おいしかった「結論」という思考順序になるが、英語はthinkが先にあるせいで、美味しい理由はチーズだったという「結論」が先に思考される。

    英語は、相手に結論を待たせることを避ける傾向を持つ。これには言語構造だけでなく、文化的な背景もあり、英語圏は演繹的、つまり結論をまず置いて詳細を述べていくかたちがとられる。心理的には、要点を早く言ってほしいという感情が働き、誤解が少なく、コミュニケーションは効率的になる。

    一方、日本語はハイコンテクストな言語である。帰納的で、詳細から結論を組み立てていく順序になる。背景を理解した上で、結論を聞きたいという心理が働いており、ニュアンスが豊かで、角も立ちにくい。これは平和的であるが、自分の意見をはっきり言えないこととも深く繋がっている。

    結論を先に言う傾向が広がっている要因として、なぜここで言語構造の話しを持ち出したかというと、教育やビジネスの文脈で採用されているものは、英語圏で生まれたメソッドを、そのまま日本に輸入したものであるからだ。

    例えば、パラグラフ・ライティング/リーディング。この、ひとつの段落にひとつのトピックを書いて、結論、具象、まとめ、という順番に並べるという手法も、英語圏で生まれたものである。西洋の合理主義的視点や、結論を早く伝えるという文化背景から派生している。言語構造や文化背景が違う前提では、不適切にもほどがあるというか、それが日本でうまくいくかは、使い処によっては微妙なところもある。

    英語のパラグラフというものがそもそも横書きで、それがインターネット(PCという横画面)にはふさわしく、一行空けのブロックライティングが主流になり、日本語もブログブームにより横書きの書き手が増えたとか、このあたりの創作手法と関連する考察は掘ればキリがない。

    西洋のレトリックの歴史も深く関係していて、読み手に負担をかけさせず、いかに速く正確に理解させるか、ということに重点が置かれる。英語圏では結論を先に述べないのは、不親切ともされるくらいに、結論が重要だという雰囲気がある。これは多民族・多文化が前提にあり、多くの人種が混ざる国では、日本のような「空気を読む」「言わなくてもわかるよね」が通用しない。だから、「私はこう思います。理由は3つあります。」というような、構造化されたライティングやスピーキングの技術が求められるのだ。

    発信と創作の文脈で考えてみよう。

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  • ChatGPTをあえて使わないことで起こること

    ChatGPTをあえて使わないことで起こること

    メール作成、仕事の面倒な資料まとめ、インタビュー素材の形成、議事録まとめ、自己分析、ブログ、ダイエットのための食事レシピ、持ち物リストの精査(ミニマリストだけ)、悩み相談、近所の隠れた名店探し、多くの人が日常的にGPTを使うようになった。Web検索が組み込まれてからは、よりその利便性と精度が上がってきた感じがある。

    一通り実験的に試してきたが、僕は書くこと、特にメンバーシップのポストやメルマガ、メールに関しては全くと言っていいほどGPTを使っていない。今もこうやってUlysessを立ち上げてタイプライターモードにしてフルスクリーンで書いている。キーボードを使ってワープロ的に書くことが好きなのだ。何もない黒い画面に、彫刻のように文章が刻まれていく様を見るために書いているところがある。それを熟成させて、サイトに持って行って、今度は白いディスプレイの中に、黒を刻む。

    ただ書くことが好きなだけではない。GPTを使わないことで、起こることに気づいた。誰もがGPTを使い始めたこの時代において、これからは、いかに使わないかが求められている気がする。特に、何かものを作る人にとっては。

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  • 書く時に大事なこと、Ulyssesの使い方

    書く時に大事なこと、Ulyssesの使い方

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