7月に入ってから、noteの記事をすべて削除した。
管理画面を開いて、一本ずつ消していく。記事を全てemacsに貼り、バックアップする。それを何百回か繰り返した。長く住んだ部屋を引き払うときの、あの淡々とした手続きに近かった。荷物はもう運び出してある。あとは鍵を返すだけ、という感じの。
実際、記事の運び出しには一年半くらいかけている。マガジンを解体し、販売を止め、記事を一本ずつ確かめて、手元に引き上げていく。削除はその最後の工程だった。
ひとつのアカウントに依存すればするほど、それを消す時には時間と労力がかかることを、改めて確認した。
noteには10年ほど書いてきた。サービスが始まってすぐの頃からだ。それまで書いていたブログを畳んで、noteに移った。当時のnoteはまだ静かで、書く人と読む人の距離が近かった。僕はそこで、写真のことを中心に書き続けた。昨年書いた書籍「撮ること、生きること」は、noteで書いた記事が母体になっている。だからnoteは、僕にとってただの投稿サービスというより、写真的想念を育てた場所でもあった。
累計の売り上げは、たぶん500万円ほどになる。継続年数で割れば微々たるものだが、noteが今も稼げるプラットフォームであることは変わらないと思う。だからこれは、noteが駄目になったという話ではない。
では、なぜ手放したのか。
