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ワードローブ考察2026
ひとつの穴から、話は始まる。
山と道の 5-Pocket Pants。スマートフォンを入れるポケットの底が、破れ始めている。三、四本と履き継いできた自分にとっての定番で、まるで皮膚のようになっている。軽くて、乾いて、歩けて、走れて、旅にも行ける。生活を最適化するために選んだ、文句のない一本だった。けれど、その小さな破れを縫うべきか買い替えるべきか考えているうちに、ずっと大きな問いが立ち上がってきた。
自分は、何者として街に立っているのだろう。
クローゼットを開けるといつも黒一色。何がなんでも黒すぎる。山と道、HERENESS、Arc’teryx、Altra、Luna Sandals。すべてが機能・身体性・ミニマリズムの服で、素材は化繊、シルエットはスポーティー、足元はトレランかサンダル。最近は山より、街にいる時間が多くなっている。黒いキャップをかぶると、いよいよ不審者じみてくる。
問題は黒ではなかった。黒・化繊・スポーティー・スニーカー・キャップ、その全部が同じ方向に振り切れていたことだった。だから今回考えたのは、高機能でギア的な服を、山・雨・ランニングという本来の役割へ戻すこと。そのうえで、街で過ごす制服を、思想を持って組み直す。このJournalはその途中経過な記録だ。
これまでの服が「機能・身体性・ミニマリズム」なら、今回入ってきたのは「街・現場・生活・余白・育成」。具体的なブランド名を出すなら、Engineered Garments、COMOLI、Maison Margiela、FilMelange、ENDS and MEANS。進化というよりは、積極的退化。ちょっと前の(2020年以前)自分に戻ったようなラインナップだ。
一着ずつ、なぜそれを選んだのかを書いていく。
maison de soil homme ─ 最初に開いた生活着の扉
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『Die With Zero』をミニマリズムと仏教で読み直す
今週はビル・パーキンスの『Die With Zero』(2020)を再読した。
売れた本なので、読んだことがある人も多いと思う。これがちょうどコロナ禍の時に発売されているのも興味深い。あのパンデミックの非常時には、誰もが残された人生をいかに生きるか、ということを意識せずにはいられなかった。移動が制限され、金が使えなくなると、資産を持っている老人たちは、確かに、ああこのまま移動できないまま逝ってしまうのだろうか。せっかく長い間、働いて働いて資産を築いてきたのに、それを使えないまま、この世を去ることになるのか。だったら、がんばって働かなければよかった。そう思った人もいるかもしれない。
この本を読んで、「これは富裕層のたわごとだ」と一蹴するのは簡単だ。実際に僕もそう思う。
著者のビル・パーキンスは米国のバージン諸島を拠点に事業を展開するCEOであり、ヘッジファンドマネージャーやポーカープレイヤーなどを兼任し、資産は1億2000万ドル(約200億円)を超えている。
「思い出作り」のために、カリブ海にある島のホテルを貸切り、親族や友人を招いた自身の誕生日パーティーを盛大に1週間にわたり開催したくだりは、単純に良いなぁと思うが、楽しさよりも、儚さを感じる。ウェルベックの小説を読んでいるような気持ちになった。
しかし、本の中で書かれていることは、的を射ている。まとめるとこんな感じだ。
- 残るのは思い出だけ。思い出作りと経験に投資しよう。
- 45歳から60歳くらいには資産を切り崩しはじめよう。
- 死んでから遺産を子供に相続させるのではなく、生きてる間に、適切な時期にお金を与えよう。
- 若いうちにリスクをとろう。
- 今使うお金と、残すお金のバランスをとろう。
僕もこれらのアドバイスには、同意するところが多い。タイトルや表面だけを読むと、死ぬまでに全ての金を使いきれ、と言っているように見えるが、実際は、現在と未来で使うお金のバランスをとろうね、というものだ。
問題は、多くの人が、将来のために「貯める」ことに比重を置きすぎていて、現在をまるで稼ぐための奴隷のように過ごしているのではないかということ。確かに、稼ぐためには、働かなければならない。1日8時間を会社で働いて、週に2日しか休めない生活の中で、現在を犠牲にして老後のために貯め込む。その老後が、本当に来るかどうかもわからないのに。
ここで、ひとつ根本的な問いを立ててみたい。
『Die With Zero』は、いったい誰のための本なのか。
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AGIという名の、静かな締め切り
Anthropicのダリオ・アモデイは、2026年から2027年にかけてAGI(汎用人工知能)に相当するAIが登場する可能性があると公言している。MicrosoftのAI部門を率いるムスタファ・スレイマンは、これから12〜18ヶ月以内にほとんどのホワイトカラー職でAIが人間レベルのパフォーマンスに達すると述べた。イーロン・マスクは2026年と言い切っている。
これらをCEOたちの楽観論と聞き流すことはできなくもないが、予測市場プラットフォームMetaculusでは2029年までのAGI到達確率を25%、2033年までには50%と見積もっており、この数字はわずか数年前と比べて劇的に前倒しになっている。DeepMindのデミス・ハサビスでさえ、2030年代内での実現に50%の確率を置いている。
誰の数字を選ぶかは大きな問題ではない。重要なのは、この議論が「もしそうなったら」から「いつそうなるか」に完全に変わったのが、ほんのここ数年のことだという事実だ。
皆んなよく意見をコロコロ変えるなぁ、で、結局いつ来るの?と多くの人は思っていて、僕もその一人だった。しかし、確実にその予測は早まっており、実際に僕たちが使う身近なLLMの進化速度は、多くの人が肌感として感じていることだろう。
ポイントは、僕たちが「AI」と言う時、それは基本的にChatGPTやGeminiのようなテキスト対話型のLLMを差しているであり、テーマとして出ているAGIやASIの議論においては、それはとても表面的なものにすぎないということだ。
2020年の時点で、研究者たちの中央値予測は「50年後」だった。それが今や、業界のリーダーたちのほぼ全員が「今年か、来年か、あるいは数年以内」と語っている。AGIを超えた先のASI(超知能)については、AGIが実現してAIが自己改善のループに入ったとき、移行がどれほどの速度で起きるかは現時点では予測できない。ただ一点だけ確かなのは、そこへ向かう道が今、静かに舗装されつつあるということだ。
こういう話を読むと「それは遠い未来の話だ」と感じる人もいるだろう。だが、現在進行形でクリエイティブな仕事の周辺で起きていることを直視すれば、その感覚は少しずつ揺らいでくるはずだ。
