毎日忙しすぎて、やりたいことを見失ってしまった。やりたい仕事がない。発信したいけど、なにをやりたいのかわからない。
情報が多すぎる世界で、誰かが、何かをやっているように見える。でも自分にはやりたいことがない。
今回はそう感じている人へ、ひとつの思考のフレームワークを提案したい。
書いていて気づいたけれど、タイトルの同名の書籍があるが、全く関係がないのでご承知おきを。読んですらいません。
話の腰を折るようだが、やりたいことは、未来に向かって探す必要はない。これがひとつの結論である。
今回は少しラディカルに書く。
「やりたいことを見つけなければならない」という思い込み自体が、そもそもの間違いだ。その思い込みは、メディアやSNS、あるいは義務教育や大学、そして就職活動によって作られる。あるいは就職活動が終わっても、婚活や終活でも問われることかもしれない。
「お仕事は何をされてるんですか?」「やりたいことができていて、いいですね」
「やりたいことをやってきたので、もうこの人生に悔いはない。さようなら」
やりたいこと、について考える時は、むしろ終活側から考えたほうがリアリティがある。
なぜか。やりたいことは未来の話だが、やってきたことは過去の話だからだ。確実な未来は誰にも語れないが、自分の過去は誰でも語れる。そして、やりたいことの答えは、実はすでに過去の中に埋まっている。
だからそれを探すのではなく、掘り起こす感じ。タイトルに反するようだが、これがこのエッセイの骨格だ。