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14着のウルトラライト・ノームコア
今年に入ってから、まだ1着も服を買っていない。
2月も終わろうというのに、なんということだ。と、特段驚くことでもなく、年が明けてからのこの期間は、そもそも新たな洋服を必要としない季節だと思う。
新しい服を欲しくなるのは、決まって季節の変わり目である。これから寒くなる秋口とか、これから暖かくなる春口とか。つまり、これから4月にかけてのタイミングは、消費者の需要と企業の供給がうまくフォーリンラブする季節で、新たな恋人と出会うより先に、まず散財という仕方で自身の身なりを整えるというのが、世の流れである。
寒い時期に服がさほど必要ではないのは、いくつかの理由が考えられる。まず、ざっくりとアウターを着てしまえば、中のものは見えない。見えなければ自分も相手も、そこにあるものを意識しない。見えないということは、無くても困らないということで、格好いいアウターの中身が、デスメタルバンドの恐ろしいTシャツでも、裸であっても、その場その日をなんとなくやり過ごすことはできる。
問題は、アウターを脱ぐシーンであり、そのような状況は1日の中に多い。移動中の車や電車の中、オフィスに着いてから、レストランに入ってから、ヘアサロンに入ってから、ネイルサロンに入ってから、鍼灸院に入ってから。車両やレストランでは、アウターを着たままでも、「ああ、寒いのね」と思われるくらいでやり過ごせる場合もあるが、ヘアサロンや鍼灸院ではそうはいかない。そんな場所でアウターを着たまま挑もうとするものなら、頭のおかしい人とみなされ、お引き取り願われる。
インナーは無くても困らないと書いたが、実際は困るのだ。
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書き方と言語構造 – 何でも結論を先に言えばいいわけではない
何でも先に結論を言いたがる人が増えているのは、結論を先に求める人が増えているからだと思う。
結論を先に述べない人に、イライラする人もいる。だからといって思考を停止させ、なんでもかんでもとりあえず先に結論を述べてしまうことは、クリエイティビティを損なうことにもなる。
と、そんな結論を先に置きながら、書き方と言語構造について考えてみたい。それは根底で、ものづくりに深く関連している。あらゆる創作物、それが文章であっても、彫刻であっても、映像であっても、作り方には順序がある。細部を積み上げて、最終的に全体をかたち作るものもあれば、先に全体を作って細部を整えていくものもある。フォーマットやメディアによっても変わるし、コンセプトや作家によっても変わる。
先に結論を知りたがる人が増えているのは、忙しくて時間がないとか、ショート動画を中心とした瞬発的なコンテンツ消費が増えたとか、様々な理由が考えられる。ビジネスにおける文章の書き方や、プレゼン資料の作り方、というような効率化や合理化の文脈でも、結論を先に述べることが良しとされる風潮は長らくある。
これにはまず言語構造が関係していると考える。
「昨日のパスタが美味しかったのは、麺の硬さでもソースの味付けでもなく、きっと最後に仕上げとしてかけられたペコリーノ・ロマーノチーズのせいだと思う。」
という文章を英語で表現する時、
「I think what made yesterday’s pasta so good wasn’t the texture or the sauce, it was definitely that Pecorino Romano they sprinkled on top at the end.」
という感じになると思うが、英語は、I(主語)のあとに、すぐthink(動詞)がきて、発話の最初のほうで、もう「あ、この人は自分の意見を述べたいのだな」ということがわかる。(S+V+O)話すテーマの着地点が見えてるので、節がどんなに長くても、全体を最初から掴みやすい。
一方、日本語はS+O+Vという順序になり、「思う」「ではない」という肯定や否定の結論が、一番最後にくる。話し始めの時点では、それが結果的に美味しかったのか、マズかったのか、あるいは推測なのかがわからない。
この文章例では、特にその差が顕著に出る。
日本語は、麺やソースではなくという「前置き」がまずきて、チーズのせいで「核心」、がきて、おいしかった「結論」という思考順序になるが、英語はthinkが先にあるせいで、美味しい理由はチーズだったという「結論」が先に思考される。
英語は、相手に結論を待たせることを避ける傾向を持つ。これには言語構造だけでなく、文化的な背景もあり、英語圏は演繹的、つまり結論をまず置いて詳細を述べていくかたちがとられる。心理的には、要点を早く言ってほしいという感情が働き、誤解が少なく、コミュニケーションは効率的になる。
一方、日本語はハイコンテクストな言語である。帰納的で、詳細から結論を組み立てていく順序になる。背景を理解した上で、結論を聞きたいという心理が働いており、ニュアンスが豊かで、角も立ちにくい。これは平和的であるが、自分の意見をはっきり言えないこととも深く繋がっている。
結論を先に言う傾向が広がっている要因として、なぜここで言語構造の話しを持ち出したかというと、教育やビジネスの文脈で採用されているものは、英語圏で生まれたメソッドを、そのまま日本に輸入したものであるからだ。
例えば、パラグラフ・ライティング/リーディング。この、ひとつの段落にひとつのトピックを書いて、結論、具象、まとめ、という順番に並べるという手法も、英語圏で生まれたものである。西洋の合理主義的視点や、結論を早く伝えるという文化背景から派生している。言語構造や文化背景が違う前提では、不適切にもほどがあるというか、それが日本でうまくいくかは、使い処によっては微妙なところもある。
英語のパラグラフというものがそもそも横書きで、それがインターネット(PCという横画面)にはふさわしく、一行空けのブロックライティングが主流になり、日本語もブログブームにより横書きの書き手が増えたとか、このあたりの創作手法と関連する考察は掘ればキリがない。
西洋のレトリックの歴史も深く関係していて、読み手に負担をかけさせず、いかに速く正確に理解させるか、ということに重点が置かれる。英語圏では結論を先に述べないのは、不親切ともされるくらいに、結論が重要だという雰囲気がある。これは多民族・多文化が前提にあり、多くの人種が混ざる国では、日本のような「空気を読む」「言わなくてもわかるよね」が通用しない。だから、「私はこう思います。理由は3つあります。」というような、構造化されたライティングやスピーキングの技術が求められるのだ。
発信と創作の文脈で考えてみよう。
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抹茶を点てて、タイムラインを立てる
午後三時四十分。抹茶を点てて、ダークチョコをひとかけだけ口に入れる。こういう時間があるだけで、一日の輪郭が戻ってくる。最近のチョコレートは驚くほど高い。価格の変化は、派手なニュースよりも先に、生活の端から世界の気配を運んでくる。
抹茶もファイヤーキングのマグで飲んでいる。沸騰させない温度の湯を注ぐ。400FDを火にかけたら、気泡がぷつぷつと立ち始めるあたりで止める。70度から80度くらいの、ぎりぎり熱いけれど尖っていない温度。抹茶は本来もっと少量で濃く仕上げるものだが、一杯をネスカフェのように飲みたい。香り高く、シャキッと冴えるのにどこか落ち着く。カフェインとテアニンの効用か、あるいはただの気のせいかもしれない。
今日はXを始めた話し。
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月10万円のビジネスのつくり方
過去に『エクストリームミニマリズムでFIREをデザインする』という論考を書いた。
そこでは、極端に「持たない」方法論と節約術によって生活コストを限界まで下げ、そこから生まれた余剰資金をインデックスファンドと高配当株に分散投資する。いわゆるコア&サテライト戦略を最小限の銘柄で組み立てる手法を提案した。さらに、ベーシックインカムのように継続的なキャッシュを生む小さなビジネスを並走させ、組織に属さず、好きな仕事だけを選べる状態へ近づくための道筋をまとめたものだった。
当時の考え方と現在の考え方には、細部で違いがある。近い将来、この論考自体もアップデートが必要だと感じている。ただし、根本の構造は変わっていない。
いま僕が強く意識しているのは、投資をもっとシンプルに、もっと無意識に設定し、管理コストを最小化することだ。それ自体を、確実な防衛手段として機能させたいのである。
投資がうまい人とは、実は「投資したことを忘れている人だ」とよく言われる。短期の値動きを一喜一憂して追うのではなく、ルール化して放置できている人、という意味だ。忘れるくらいがちょうどいい。そして、インデックス投資の文脈では、しばしば「4%ルール」という考え方が語られる。
4%ルールは、米国のファイナンシャルプランナーであるウィリアム・ベンゲン(William Bengen)が1990年代に提示した、資産引き出し設計の目安だ。退職初年度に資産の4%を取り崩し、翌年以降はインフレ率に応じて引き出し額を調整していく。株式と債券を組み合わせた分散ポートフォリオを前提に、厳しい相場環境を含む歴史データにおいても、一定期間(一般的には約30年)資産が枯渇しにくいという研究に基づいている。
ここで重要なのは、4%とは配当利回りではなく、資産全体からの「取り崩し率」の目安だという点だ。配当だけで賄うことも可能だが、4%ルールが想定しているのは、必要に応じて売却益(キャピタルゲイン)も含めて生活費を作る設計である。
単純計算をしてみよう。
・インデックスファンド等を1億円保有していれば、年4%で年間400万円の取り崩し余地がある。
・5,000万円なら年間200万円。月に直すと約16.7万円だ。つまり、毎月の生活コストが17万円前後に収まるミニマリストなら、5,000万円規模の資産があれば生活費の大部分を資産側でまかなう設計が現実味を帯びてくる。FIREのために必ずしも1億円が必要とは限らない、という見立てが成り立つ。
さらに、資産が3,000万円でも年4%なら年間120万円、月10万円になる。残りの10万円を自分のビジネスで安定して生み出せるなら、生活の主導権を組織に全面的に預ける必要はなくなる。
月10万円という目標は、月収全額を事業で稼ぎ出すよりもはるかに具体的で、イメージしやすいはずだ。サイドFIREとは、こうした資産の取り崩し(運用収益)と自分ひとりでできる小さな事業収益を組み合わせて、自由度を段階的に上げていく設計のことだと考えている。
