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さよならnote — 300記事を削除して手に入れたもの
7月に入ってから、noteの記事をすべて削除した。
管理画面を開いて、一本ずつ消していく。記事を全てemacsに貼り、バックアップする。それを何百回か繰り返した。長く住んだ部屋を引き払うときの、あの淡々とした手続きに近かった。荷物はもう運び出してある。あとは鍵を返すだけ、という感じの。
実際、記事の運び出しには一年半くらいかけている。マガジンを解体し、販売を止め、記事を一本ずつ確かめて、手元に引き上げていく。削除はその最後の工程だった。
ひとつのアカウントに依存すればするほど、それを消す時には時間と労力がかかることを、改めて確認した。
noteには10年ほど書いてきた。サービスが始まってすぐの頃からだ。それまで書いていたブログを畳んで、noteに移った。当時のnoteはまだ静かで、書く人と読む人の距離が近かった。僕はそこで、写真のことを中心に書き続けた。昨年書いた書籍「撮ること、生きること」は、noteで書いた記事が母体になっている。だからnoteは、僕にとってただの投稿サービスというより、写真的想念を育てた場所でもあった。
累計の売り上げは、たぶん500万円ほどになる。継続年数で割れば微々たるものだが、noteが今も稼げるプラットフォームであることは変わらないと思う。だからこれは、noteが駄目になったという話ではない。
では、なぜ手放したのか。
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クリエイターのためのアフィリエイト入門:怪しさの正体と、許可のいらないレバレッジ
はじめてアフィリエイトの報酬が発生した日のことを、今でもなんとなく覚えている。
ブログを始めて間もない頃、A8.netという管理画面に「発生報酬」として数百円の数字が表示された。金額としては缶コーヒー数本分だ。でもその数百円は、会社の給料とはまったく違う手触りをしていた。誰かに雇われず、誰の許可も取らず、自分が書いた文章の中のひとつのリンクから、経済がほんの少しだけ動いた。その日は用もないのに、何度も管理画面を開いて眺めていたと思う。アフィリエイトという言葉には、いまだに怪しい響きがつきまとう。「楽して稼ぐ」「不労所得」といった広告の記憶や、中身のない比較サイト、押し付けがましい商品リンク。鬱陶しいもの、というイメージが先行している。
確かにそれは一理ある。そのようなアフィリエイトも今でも実際に存在するし、そのような怪しさによって牽引されてきた時代がある。
でも僕は、この仕組みの本質はまったく別のところにあると思っている。
アフィリエイトとは、クリエイターが、好きなものを、好きなように紹介できる仕組みのことだ。ナヴァル・ラヴィカントの言う「許可のいらないレバレッジ(permissionless leverage)」のひとつでもある。企業と契約を結ばなくても、営業をしなくても、上司の承認もクライアントの発注も要らない。今日、自分の意思だけで始められる。
そして読者やファンの側にも利点がある。信頼している人が実際に使っているものを、探し回らずにそのまま買える。ときには割引や特典もつく。紹介する側と、される側と、商品を作る側。三者がそれぞれ小さく得をする、よくできた循環なのだ。
だからこの仕組みは、クライアントワークから脱却するための、静かな一手になり得る。自分の商品を持っていなくても、信頼と影響力さえ育てば、それが収益の柱のひとつになる。
今週はそのアフィリエイトについて、入門として書いてみたい。仕組みと歴史、実際どれくらい稼げるのか、そして2026年2月に日本に上陸したばかりの、YouTubeの新しいアフィリエイトについて。概要欄にリンクを貼る時代が、たぶんそろそろ終わる、という話まで。
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ラベルの脱ぎ方 – 逆説的ブランディング
先日、60年代のストラトキャスターを買った話を書いたら、「ミニマリストなのにギターを買うんですね」という反応があった。YouTubeでもこういうコメントはたくさん来る。僕をミニマリストとして認識してくれている。チャンネル説明欄に実際「Extreme Minimalist」と書いて発信してきたから当然のことで、動画を観てくれているという点で、とてもありがたい話だ。
おそらく悪意はない。むしろ好意的な驚きなのだと思う。でも、この一言には人間の面白いメカニズムが詰まっている。
人は他人に対して、勝手に「この人はこういう人」というモデルを作っている。ミニマリスト、旅人、起業家、ヴィーガン、作家。一度モデルができあがると、相手をいちいち観察しなくて済む。予測が立つから、コミュニケーションのコストが下がる。脳にとってはとても効率がいいことだ。
問題は、その人がモデルから外れた行動をしたときだ。
周囲は、それにより少し不快になる。なぜなら、相手についての認識を、再度作り直さなければならないからだ。脳はその追加作業を嫌がる。心理学では人間を「認知的倹約家」(コグニティブ・マイザー)と呼ぶことがあるが、エネルギーを使うことは極力やりたくない、というのは人間のかなり根深い仕組みだと思う。(ブラウザやサーバーが一度訪れたページの情報を記憶する、キャッシュにも似ている)